西竹一

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西竹一

西選手

1930 年にイタリアで愛馬ウラヌス号に出会い,ウラヌス号と共にヨーロッパ各地の馬術大会に参加し、数々の好成績を残しました。

さらに陸軍騎兵中尉時代の1932年に参加したロサンゼルスオリンピックでは、ウラヌス号を駆って馬術大障害飛越競技に優勝して金メダルを獲得しました。

この当時の記録映像は横浜・根岸森林公園内の馬の博物館で公開されています。

これは日本が馬術競技でメダルを獲得した唯一の記録です。

最後の障害でウラヌス号自身が自ら後足を横に捻ってクリアしたこともあり、インタビューでは「We won.」(「我々(自分とウラヌス号)は勝った」)と応じ、世界の人々を感動させました。

西はバロン西(Baron= 男爵)と呼ばれ欧米、とりわけ上流階級の名士が集まる社交界で、また当時人種差別感情が元でアメリカで排斥されていた在米日本人、日系人の人気を集めました。

後にロサンゼルス市の名誉市民にもなっています。

2010年03月16日